「怖がり」或いは「心配性」という個性

我が子には「心配性」という個性があります。「学習障害の気づきのポイント」にある「極端な怖がり」という個性に似ているもののように思われます。

例えば、小学校の6年生の頃、誰かから「中学生は勉強が大変だ」と聞いてきた時には、「中学生になったら、毎日勉強しなければならず、遊べなくなる」といって半泣き状態になっていました。私達(親)が「そんな事は、今の時点で考えても判らないことだし、今の時点でいくら心配しても意味のない事だ」と言っても、我が子は心配顔のままでした。また、いくら「大丈夫だよ!」と励ましても、不安を払拭できない様子でした(翌日にはスッカリ忘れているようでしたが)。このように、未確定の将来を想像して極端に不安になることが時々あったと記憶しています。中学生になってからも少しあります。これに対する私達(親)の対処は「大丈夫、大丈夫」というしかないのですが。



また、「怖がり」ゆえなのか、或いは、「身体全体を使った運動、細かい手先の操作や、協調動作が苦手」のゆえなのか、学童期に、我が子は「初めてやる事(運動など)」が、全くといっていいほど出来ませんでした。もちろん「初めてやる事」なのですから出来なくて当然なのですが、手も足も出ない(出さない)という状態になってしまうのでした。いわゆる棒状態です。例えば、「ブランコを漕ぐ」ということさえも、なかなか出来なかったように記憶しています。

幸いにも、私達(親)は、我が子が1、2年生の頃には、この事に気が付いていました。そこで、小学校で「鉄棒」があるといえば、その一週間前に一緒に公園に行き、「プール」があるといえば、その一週間前に家族でプールに行き、「スケート」や「スキー」があるといえば、その前に、家族でスケートやスキーに行くということをしていました。また、部活などで楽器を演奏するといえば、事前に楽器を習いに通わせました。ここまでして、やっと、我が子は、最初の授業で同級生と同じように体を動かすことができるのです。

当時は、このようにする事を「少し甘やかせ過ぎ」だと思っていました。しかし、今振り返ると「初めてやる事」を先取りして経験させるようにしたことは、良かったと思います。我が子が必要以上に劣等感を抱くことなく学童期を過ごすことができたからです。